術後1日目〈激痛の帰路〉

手術後、帰路に着いた自分を待っていたのは激痛だった。

 

 クリニックを出て3mで悟った。これはヤバいと。帰り支度を済ませている間に麻酔の効果は完全に切れてしまったようで、自分の陰部は、先ほどまでの大人しさが嘘のように悲鳴をあげ続けている。

 じんじんとした激しい痛みが患部を襲う。真冬だというのに汗が噴き出す。絶対に傷んではならない部分の激痛に、本能が危険信号を発しているのが分かる。

 

「今すぐ家のベッドで横になりたい」「動きたくない」「帰りたい」「立ち止まって休みたい」

 

「今すぐ活動を止めて安全な場所で休め」という本能が暴走し、矛盾した思考で頭が埋め尽くされる。ぐちゃぐちゃになった頭の中で、僅かに残った搾りかすのような理性を必死に働かせて、何とか自分の体を操縦する。足取りはまるで、シルバーカーを押す老人のように鈍く、周りの通行人が早送りで倍速再生されているのではないかと疑ってしまうほどである。

 

 そうして、果てしなく長い徒歩10分の道のりを越えて駅に着いた時点で、既に自分の心は折れかかっていた。駅から自宅までは、まだ1時間残っているのである。電車に乗っている間はまだしも、乗り換えが2回、5分程度の徒歩が2回待ち受けていた。

 

 しかし絶望の淵で、自分はある事を思い出した

 

 痛み止めの存在である。先ほど飲んだ痛み止めを追加で飲むわけにはいかないが、爽やかな受付のお兄さんが「痛み止めを飲んでも痛い時は使ってください。」と渡してくれた物があった。あとで患部が腫れたり変色すると聞いていたので、その時に使う物だとばかり思っていた。だから抜け落ちていたが、それを今使わずしていつ使う。そう思って自分は、駅のトイレに駆け込んだ。否、よろよろと入った。

 

 ここでまた、絶望が待っていた。この世界は残酷だ。

 

 トイレの個室が埋まっていたのである。しかも、並んでいる人までいる。自分はトイレを去った。冷静に考えれば少し待てば良い話だが、その時は希望の芽が摘まれたような気分に陥り、自暴自棄になっていた。

 

 電車は地獄だった。幸い席に座る事はできたものの、荷物を膝の上に置く暗黙のルールに苦しめられた。荷物の重みが陰部を刺激し、車体が揺れるたび、陰部はけたたましく吠えて細胞を震わせた。

 普通の姿勢を保つことに必死で、眉間にはしわが寄り、息も浅くなった。傍から見れば、完全に体調不良の人である。コロナウイルスのオミクロン株感染者が急増していたこともあって、若干避けられているような気配を感じた。身体的な痛みに全神経を削がれているのに、周りの視線もしっかり痛かった

 そうして約20分間、走る拷問部屋の責め苦を耐え抜いて、駅に辿り着いた。ここでトイレに入る事に成功した。そこで、人生初の座薬を入れる事にも成功した。

 

 その間もずっと陰部は痛かったものの、これで痛みが和らぐと思うと気持ちは驚くほど楽だった。

 

 駅から5分の位置にあるバス停までの徒歩は変わらない苦痛を味わったが、座薬は効くのが早いのか、それともプラシーボ効果なのか、バスに乗り込む時には何とか痩せ我慢できる程度に落ち着いた。

 

 そこからは、苦しいながらも特筆するほどでもなく、無事、家に帰る事ができた。

 

 家に帰ってからは、痛みに耐えながら寝た。動けそうになかったので家族には体調が悪いと言って部屋に籠った

 痛いから寝れないかと思っていたが、それ以上に過度のストレス状態から解放されたという安心感が強かったようで、案外すんなりと眠る事ができた

 

そんな感じで、長いようで短かった手術日は幕を閉じた。

 

最後に、これから包茎手術を受ける人の為に、知見を共有したい。

痛みには2種類ある。

 1、患部の痛み   

   →ジンジンと鈍い痛み。常に激痛。刺激で更に痛む。

 2、亀頭が擦れる痛み

   →擦れた時に瞬間的にくる感じの痛み。ボクサーパンツ履けば軽減できる。

   →普段は痛いと思わない刺激でも、①の痛みと合わさるせいか痛く感じる。

〇家から近いクリニックを選ぶべき。徒歩距離は絶対に短く

〇痛み止めは使うべき。最初が一番痛いから迷わず最初に使って良い。

〇痛すぎて何もできないから、その日に予定は入れないべき